DAYs
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オタク女の日常をつらつら。
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時は戦国。
足利の治めた室町の世は日ごとに乱れ、争乱の種が其処此処に芽吹いていた。
関東の突端、安房の地も例外ではなく、安房の半分を治める里見家は、今、戦の波に飲み込まれようとしていた。
里見義実は、滝田城の濡れ縁から、星明かりに頼るのみの薄暗い城内を見回した。
里見の軍勢は、この夜が明ける前に、敵軍である安西景連の陣営へ総攻撃を掛ける予定である。
普段ならば、夜守りが立ち、煌々と松明の明かりが照る、そんな緊迫した状況にも関わらず、静かすぎる程の夜だったが、明かりの油すら事欠く状況だった。
人の気配はおろか、出陣を前にいきり立つ馬達の気配すら感じられない。
義実は、ぎりりと奥歯を鳴らした。
ことの起こりは今年、里見領を襲った飢饉である。
常は恵みをもたらす太陽も、この夏は荒れ狂ったように照り付け、田畑を枯らし、里見の人々を飢えさせた。
事態を重く見た義実は、滝田城の兵糧を供出し、民を助けようとしたが、出来なかった。
昨年飢饉の起こった安西領を助けたために、滝田城の兵糧は無いに等しかったのだ。
民草を守るため、義実は忠臣・金碗大輔を使者に送り、安西景連に救援を要請したが、安西領からの食物は届かなかった。
それどころか、これを好機と武装した安西の軍勢が里見の城に押し寄せたのだ。
戦など予想だにしていなかった里見軍に、籠城以外の戦法は残っていなかった。
回りをぐるりと取り囲まれ、補給路を絶たれた滝田城の食糧はすぐに尽きてしまい、城内には地獄の様な現実が広がった。
木の根、草履、革製の衣服。
騎馬であるはずの厩の馬さえ肉にして食らう。
死人さえも、肉として見られ始めていた。
滝田城は、最早落城を待つばかりだった。
これに危機を感じた義実の嫡子・義成の発議により、安西本陣への奇襲作戦が決まった。
それは、義成率いる精鋭部隊が討ち入り、混乱に乗じて義実の率いる本隊が攻め込むと言うものだった。
兵力は倍以上。
元より、勝てる見込みなど、万に一つも無いと分かっている。
これはただ、城で餓え死ぬか、戦場で死ぬかの違いでしかない。
(しかし)
義実は考える。
安西景連はずる賢いところはあるが、知将だ。
その景連さえ死ねばどうなるか。
頭を失った安西軍は、軍勢の大きさも災いして、統制も崩れるのではないか。
(そうなれば、勝てるかも知れない)
義実は苦笑する。
考えては見たものの、その様な事態が起こるとは、到底考えられなかったのだ。
ガサガサと、茂みの揺れる音がする。
音の方角に目を向ければ、一匹の犬が現れた。
子牛ほどの大きさの犬は、口許に捕らえた鼠をくわえたまま、義実の足元までやって来ると、鼠を落とした。
それは、戦利品を主に献上する家臣のようだった。
「わしが餓えていると思っての献上品か。八房、お前は利口だな」
八房の名は、体の八つの牡丹のような斑に由来する。
城下町に産まれ、すぐに母犬と死別したものの、古狸に育てられて命を永らえた。
その生い立ちの珍しさに、義実が娘である伏姫に与えた犬だった。
「しかし、わしが誠に欲しいのは景連の首よ。鼠ではなく、景連の首を取ってきてくれればよいのだがなぁ…」
あり得ない想像ついでの、空想と呼ぶべきほどに突飛な希望が、義実の口から転がり出た。
言葉を聞くように、八房が首を傾げたのがまたとても可笑しく、義実の口は止まらない。
「もしも、お前が景連のしわ首を取ってきたなら、望む物を何でも与えてやろう」
八房は聞き入るように義実の口許を見つめた。
「何がいい?鯛の尾頭付きか?専用の部屋か?たらふくの肉か?」
八房はじっと義実を見つめ続ける。
「不満か。ならば、伏姫をお前にやろうか?」
義実を見詰める八房と視線が合った刹那、飛び出した言葉にピクリと耳を動かした八房は、大きく一つ吠え、破れた塀の隙間から城外へとその身を踊らせた。
狐に摘ままれたような心地で、義実はぼんやりと犬の消えた夜を見送った。
「父上、ここにいらっしゃいましたか。義成が布陣を決めたいと探しておりますわ。すぐに中の間にお戻り下…」
「伏、八房が」
「八房が、どうかなさいましたか?」
衣擦れの音を連れて現れたのは、件の伏姫で、いつも飄々と構えた父の呆けた顔に驚きを隠せない。
しかし、それ以上に信じられない事実が義実の唇を振るわせた。
「八房が、景連の首を取りに行きおった」
足利の治めた室町の世は日ごとに乱れ、争乱の種が其処此処に芽吹いていた。
関東の突端、安房の地も例外ではなく、安房の半分を治める里見家は、今、戦の波に飲み込まれようとしていた。
里見義実は、滝田城の濡れ縁から、星明かりに頼るのみの薄暗い城内を見回した。
里見の軍勢は、この夜が明ける前に、敵軍である安西景連の陣営へ総攻撃を掛ける予定である。
普段ならば、夜守りが立ち、煌々と松明の明かりが照る、そんな緊迫した状況にも関わらず、静かすぎる程の夜だったが、明かりの油すら事欠く状況だった。
人の気配はおろか、出陣を前にいきり立つ馬達の気配すら感じられない。
義実は、ぎりりと奥歯を鳴らした。
ことの起こりは今年、里見領を襲った飢饉である。
常は恵みをもたらす太陽も、この夏は荒れ狂ったように照り付け、田畑を枯らし、里見の人々を飢えさせた。
事態を重く見た義実は、滝田城の兵糧を供出し、民を助けようとしたが、出来なかった。
昨年飢饉の起こった安西領を助けたために、滝田城の兵糧は無いに等しかったのだ。
民草を守るため、義実は忠臣・金碗大輔を使者に送り、安西景連に救援を要請したが、安西領からの食物は届かなかった。
それどころか、これを好機と武装した安西の軍勢が里見の城に押し寄せたのだ。
戦など予想だにしていなかった里見軍に、籠城以外の戦法は残っていなかった。
回りをぐるりと取り囲まれ、補給路を絶たれた滝田城の食糧はすぐに尽きてしまい、城内には地獄の様な現実が広がった。
木の根、草履、革製の衣服。
騎馬であるはずの厩の馬さえ肉にして食らう。
死人さえも、肉として見られ始めていた。
滝田城は、最早落城を待つばかりだった。
これに危機を感じた義実の嫡子・義成の発議により、安西本陣への奇襲作戦が決まった。
それは、義成率いる精鋭部隊が討ち入り、混乱に乗じて義実の率いる本隊が攻め込むと言うものだった。
兵力は倍以上。
元より、勝てる見込みなど、万に一つも無いと分かっている。
これはただ、城で餓え死ぬか、戦場で死ぬかの違いでしかない。
(しかし)
義実は考える。
安西景連はずる賢いところはあるが、知将だ。
その景連さえ死ねばどうなるか。
頭を失った安西軍は、軍勢の大きさも災いして、統制も崩れるのではないか。
(そうなれば、勝てるかも知れない)
義実は苦笑する。
考えては見たものの、その様な事態が起こるとは、到底考えられなかったのだ。
ガサガサと、茂みの揺れる音がする。
音の方角に目を向ければ、一匹の犬が現れた。
子牛ほどの大きさの犬は、口許に捕らえた鼠をくわえたまま、義実の足元までやって来ると、鼠を落とした。
それは、戦利品を主に献上する家臣のようだった。
「わしが餓えていると思っての献上品か。八房、お前は利口だな」
八房の名は、体の八つの牡丹のような斑に由来する。
城下町に産まれ、すぐに母犬と死別したものの、古狸に育てられて命を永らえた。
その生い立ちの珍しさに、義実が娘である伏姫に与えた犬だった。
「しかし、わしが誠に欲しいのは景連の首よ。鼠ではなく、景連の首を取ってきてくれればよいのだがなぁ…」
あり得ない想像ついでの、空想と呼ぶべきほどに突飛な希望が、義実の口から転がり出た。
言葉を聞くように、八房が首を傾げたのがまたとても可笑しく、義実の口は止まらない。
「もしも、お前が景連のしわ首を取ってきたなら、望む物を何でも与えてやろう」
八房は聞き入るように義実の口許を見つめた。
「何がいい?鯛の尾頭付きか?専用の部屋か?たらふくの肉か?」
八房はじっと義実を見つめ続ける。
「不満か。ならば、伏姫をお前にやろうか?」
義実を見詰める八房と視線が合った刹那、飛び出した言葉にピクリと耳を動かした八房は、大きく一つ吠え、破れた塀の隙間から城外へとその身を踊らせた。
狐に摘ままれたような心地で、義実はぼんやりと犬の消えた夜を見送った。
「父上、ここにいらっしゃいましたか。義成が布陣を決めたいと探しておりますわ。すぐに中の間にお戻り下…」
「伏、八房が」
「八房が、どうかなさいましたか?」
衣擦れの音を連れて現れたのは、件の伏姫で、いつも飄々と構えた父の呆けた顔に驚きを隠せない。
しかし、それ以上に信じられない事実が義実の唇を振るわせた。
「八房が、景連の首を取りに行きおった」
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言うぞ、今日こそ言うぞ! << | HOME | >> ↓は熱気沈静化のため。 |